#08 「ガラス壜の中の船」

 
「バラードになると必ず内容は悲しい
   ストーリーになるのが定説のようです 」
(大滝)

 「イーチタイム」の中で「雨のウェンズデイ」タイプの曲は「銀色のジェット」だ、というのが定説ですが、もしかしたら、「ガラス壜の中の船」が当初、その役割を担うことになっていたのかもしれません。「雨のウェンズデイ」は、ゾンビーズの「LEAVE ME BE」が下敷きソングになっていますが、「ガラス壜の中の船」では、ゾンビーズの「I MUST MOVE 」が元ネタの根幹になっているのだと思います。
 『生きものみたいに波がねじれてゆく』
 『黒雲スピードをあげて ア〜』
 『壜の中の船みたい まるで動けないよ』
このあたりを聴きくらべると、分かりやすいと思います。

 「動けないよ」という歌詞のシチュエーションと、元ネタ曲である「I MUST MOVE 」(動かなくてはいけない)とが偶然に符合しているとは思えません。ナイアガラ作品で、歌詞の内容が元ネタ曲の要素と一致しているのは「君は天然色」「ハートじかけのオレンジ」「バチェラーガール」などでも見られます。「ガラス壜の中の船」では、大瀧さんから松本隆さんへ「I MUST MOVE 」に関わるサジェスチョンがあって、「別離を前提にしたドライブで動けない状況になり、まるでガラス壜の中の船みたいだ」という情景を、松本さんは捻り出したのでしょう。

 さて、ゾンビーズの「I MUST MOVE 」は音符と音符の間が粘着したメロディですが、「ガラス壜の中の船」は『いき・もの・みた・いに』と間隔が開いた旋律です。たとえるならば、リッキー・ネルソンの曲、「It's Up To You 」のように。私は「ガラス壜の中の船」のサビを聴くと、大瀧さんの西田敏行への提供曲「ロンリー・ティーン・エイジ・アイドル」のサビを思い出します。このサビはリック・ネルソンの「ロンサム・タウン」を引用したものですが、「ガラス壜の中の船」のサビは、「本家」リック・ネルソンよりもブライアン・ハイランドがカバーしている方の「ロンサム・タウン」のイメージなのだと思います。

 「バチェラーガール」や「銀色のジェット」でブライアン・ハイランドの「ステイ・アンド・ラブ・ミー・オール・サマー」を引用するなど、彼の音楽活動の後期をもフォローしていた大瀧さんは、ブライアン・ハイランドの同時期の名アルバム「トラジェディー」も愛聴していたのでしょう。「ロンサム・タウン」の素晴らしいカバーも収録されています。

 「ガラス壜の中の船」のサビを聴いて、もう1曲思い出すのは、キャロル・キングがシレルズに提供した「ウィル・ユー・ラブ・ミー・トゥモロー」です。『送ってゆくはずだったーああーああー』のくだりが、それっぽいと思うのです。実は、「ウィル・ユー・ラブ・ミー・トゥモロー」も、ブライアン・ハイランドが「トラジェディー」の中でカバーしており、「ガラス壜の中の船」のサビで、「ロンサム・タウン」と「ウィル・ユー・ラブ・ミー・トゥモロー」の2曲が「融合」するきっかけになったのではないでしょうか。

 アルバムのタイトルにもなっている曲「トラジェディー」は、これもカバー曲であり、トーマス・ウェインがオリジナル・ヒット・シンガーです。エルヴィスのバック・ミュージシャンのスコッティ・ムーアがプロデュースを手がけてギターも弾いた、1959年の大ヒット曲です。「大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝」の中でも、素敵な薀蓄とともに紹介されました。ブライアン・ハイランドの他、ポール・マッカートニーなど多くの歌手にカバーされています。「ガラス壜の中の船」は歌詞やサウンドにおいて、ブライアン・ハイランド版の「トラジェディー」に影響を受けているように思います。荒天を告げる冒頭の歌詞、ギター、ピアノ、ストリングスのシンプルなサウンドなどで、それがうかがえます。

 さかのぼれば、「指切り」で、ゾンビーズ「ふたりのシーズン」やクラシック・フォーのサウンドと、ブライアン・ハイランドの、これも「トラジェディー」に収録の「YOU 」のイメージを融合させたのであろう大瀧さんは、「イーチタイム」でもう一度、1969年頃に一緒に聴いていたゾンビーズ&ブライアン・ハイランドというアイテムを出して来たような気がします。シュガーベイブの「指切り」は、より一層「トラジェディー」版の「YOU 」に近い感じがするのです。

 tragedy…、悲しみ。
 I must move…、動けないけど動かなくてはいけない。
 まさに今の私の気持ちです。



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