ラッツ&スター


真夜中のダイヤモンド

 大瀧詠一さんがプロデュースを担当したラッツ&スターのアルバム「SOUL VACATION 」は、「イーチタイム」の少し前、1983年11月1日に発売されました。このアルバムの中で「Tシャツに口紅」の向こうを張って、見事な名曲ぶりを誇っているのが、「真夜中のダイヤモンド」という曲です。実は、故・井上大輔さんが思いっきり「大滝詠一」を意識して曲を書いたというだけあり、ナイアガラーが感涙にむせぶ仕上がりになっていると思います。

 「真夜中のダイヤモンド」は、大瀧さんが目を通したうえで作曲を辞退したという「め組のひと」の作詞者、麻生麗二(売野雅勇)氏が詞を提供し、井上大輔さん自身がアレンジし、ナイアガラ弟子筋の故・助川健氏がエコー豊潤な入魂のエンジニアリングを努め…、とプロの職人芸が結集しています。しかし、本家ナイアガラ・サウンドの「唯一無二」感には、あと一歩、及ばない感があります。

 とはいえ、後追いのナイアガラ・フォロワーにはない、往時1980年代の「同時代」感は、ひしひしと伝わるのです。





南野陽子
風のマドリガル


 1986年7月に発売リリースされた南野陽子の4枚目のシングル「風のマドリガル」は、誰が聞いてもわかるような「さらばシベリア鉄道」のイミテーション・タイプでした。名曲は時代を経て伝承されていくものであることを承知している大滝さんは、もちろんクレームをつけることなどなかったと思います。なにしろ、「風のマドリガル」は、作詞・湯川れい子、作曲・井上大輔、編曲・萩田光雄という一流どころの皆さんで作られており、ナイアガラのフォロワーどころか、「ナイアガラ歌謡曲分野」の大先輩であったわけですから。

 「風のマドリガル」がナイアガラの衣をまとうことになった端緒は、南野陽子が初めて自分のお小遣いで買ったアルバムが「ロングバケイション」で、なかでも大好きだった「さらばシベリア鉄道」っぽいアレンジを所望したためなのだと、彼女自身が明かしていました。

 「風のマドリガル」の曲調決定のきっかけが「さらばシベリア鉄道」の後追いだったとしても、もともと故・井上大輔さんには「霧の中のジョニー」や北欧哀愁サウンドに親しんだ素地があったのだと思います。ブルーコメッツ時代に井上忠夫名義で書いたヒット曲「草原の輝き」には既にその影響が見られますし、同曲の筒美京平氏の編曲は間奏のキメでティンパニーを鳴らしており、逆に「さらばシベリア鉄道」への影響も勘ぐってしまうほどです。

 大滝さんの「さらばシベリア鉄道」の後継曲「フィヨルドの少女」や、「熱き心に」の冒頭で聞かれる必殺哀愁コード進行は、カスケーズの「悲しき北風」に影響を受けているように思います。日本人の心の琴線に大いにふれるコード進行の響きですが、実はこれ、作詞・湯川れい子、作曲・井上忠夫のコンビによる大ヒット曲、シャネルズの「ランナウェイ」でも既に用いられていました。井上大輔さんは、ナイアガラ・フォロワーズなんて呼称をつけるには、あまりにも大きな存在なのだと思うのです。



尾崎紀世彦
サマー・ラブ

 小林旭の「熱き心に」が1985年から86年にかけてヒットし、小泉今日子が歌った「快盗ルビイ」が1988年にリリースされるなど、1980年代後半になってもナイアガラ・サウンドは、まだ、時代に追いこされていない「旬」のサウンドでした。 

 そんな中で「そういう路線」を狙って、1987年のアサヒビールのCFソングとしてつくられたのが、尾崎紀世彦の「サマー・ラブ」でした。故・井上大輔さんが作・編曲を手がけ、前田憲男氏が「冬のリヴィエラ」や「熱き心に」ばりに流麗な弦アレンジをしています。「狙って」つくられているので、コード進行は「Tシャツに口紅」などで聴かれる「ナイアガラ哀愁コード進行」が意図的にまるまる使われているようです。同じコード進行を使っている同系列の曲、伊藤銀次さんの「涙の理由を」にメロディ・ラインなどそっくりです。サビではトレメローズやフォー・シーズンズが歌った「サイレンス・イズ・ゴールデン」を思わせるフレーズが登場し、親しみやすい歌謡曲にまとめられています。

 歌謡曲作家として極めた井上大輔さんの旋律づくりには「歌ってほしい、親しんでほしい、流行ってほしい」という意図が、込められているように感じます。「サマー・ラブ」の「♪ボートをとめてー」の旋律は「瀬戸の花嫁」の「♪あなたの島へー」と変わらないわけですから。一方で大瀧さんの曲づくりには「『普通』にならないように作ったから、聴いてほしい」という気持ちが感じられます。同じ「哀愁コード進行」であっても、大瀧さんの乗せるメロディは一種独特で、日本の土着の邦楽歌謡から「ほんの数ミリ」外してあるように思えます。





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