名曲納戸サポーターによる特別寄稿

#03
「ナイアガラ・ファンにおすすめの黒小皿 Barry Mann ソースがけ」後編

Text by Mann-ia


■Ronni Wallis


“Window Wishing”
 b/w “That’s The Boy”

 作家ジャン・ジュネは、生前、多くの声が呼び交わすドストエフスキー作品を読み取ることの困難について語ったことがありました。ナイアガラ・サウンドもまたそうしたポリフォニックで豊潤なテクストなのですが、ナイアガラ・ファンは、その難渋さもものかは、むしろ嬉々としてその読解に日々いそしんでいらっしゃるようにお見受けします。そして、そんなディレッタントを門下に輩出したことは、大滝氏〔師〕の功績の1つに数えられるべきでしょう。

 一方、その大滝氏は、かつて、山下達郎氏との対談の中で、Mann と Burt Bacharach との関係に言及されたことがありました。曰く、両名とも、駆け出し時分にHill & Range(音楽出版社)とかかわり、後に映画音楽で広く認知されるようになるなど、その足取りは、The Drifters や B. J. Thomas のシングル盤に象徴されるように、つねに背中合わせであった、と。そこで、続いては、両者の作品を裏表に配した珍味を箸休めとして供しましょう。

 Ronni〔Ronnie〕Wallisについては、1967年発表の本盤とあわせて都合5枚のシングルを出しているというほかは、皆目見当がつかないため、その歌声が彼女を知る唯一のよすがとなるのですが、これがまた頼りなげというか、微笑ましいというか、つまるところ音痴なのです。しかし、悪食さえもいとわぬ読み巧者のナイアガラ・ファン諸氏ならば、その口当たりの不味さの奥に、素材の質の高さを感知しうるのではないでしょうか。A面は、Dionne Warwick がオリジナルの、典型的な Bacharach 節ですし、B面は、Aメロなど、Mann 作の「Home Of The Brave」や、Barry-Greenwich-Spector 共作の「I Wish I Never Saw The Sunshine」を彷彿とさせる作りとなっており、こちらについては、同じロニーでも、Ronnie Spector がヴォーカルだったらと、思わず舌鼓ならぬ舌打ちをされる向きもあるかもしれません。百瀬まなみの「カナリア諸島」だけをお聞かせして、楽曲を云々するようなもので、もし単なるお口汚しのようでしたら、お代は結構でございます。



■Garry Miles

“How Are Things In Paradise”
 b/w “Please Take The Time”

 A面の作品は、これまでに2度、公の場で皿回しする機会がありました。古参ナイアガラー石川茂樹氏が不定期に催してこられた『青空音楽会』の第3回と、circustown.net のスタッフの2003年新年DJパーティーでのことでした。どちらも、いずれ劣らぬ名うてのポップス・ファンの集まりでしたが、この曲をかけた瞬間、参会者の多くが何かに打たれたような表情をされたことが、今も強く印象に残っています。音楽会では、レコード針が上がるや、司会進行役の石川氏が、その華麗なサウンドを激賞されるとともに、同曲のプロデューサー Snuff Garrett が手がけた「Liberty sound」のナイアガラ・サウンドへの影響について喝破されたのでした。なるほど、Mann の筆になる屈託なく弾むようなメロディーには、彩り豊かな Liberty sound は実にそぐわしく感じられます。

 そして、Snuff のその手さばきは、B面ではさりげない隠し味において発揮されます。ファルセット・コーラスを活かした、この典型的な surfin’ & hot rod song は、キャッチーなメロディーが展開する合間合間にフルートやキーボードが配され、surfin’ & hot rod sound 最盛期の1964年当時にあって、他と一味も二味もちがう洗練されたサウンドに仕上がっています。特に『ロン・バケ』や『イーチ・タイム』が大好物というナイアガラ・ファンは、その華やかな盛りつけや繊細な味わいに、一聴して魅せられるかもしれません。

 付言すれば、ヴォーカルの Garry Miles とは、B面の共作者の1人、Buzz Cason の変名です。Mann と同じく1939年生まれの彼は、その Garry Miles 名義による「Look For A Star」のヒットや、Jan & Dean の「Popsicle」やRonny & The Daytonas の「Sandy」などの共作者として知られていますが、Liberty のA&R マンとしてLiberty soundに貢献した影の立役者でもありました。そういえば、前編でご紹介した「Where Is She」は、Liberty の顔ともいうべきBobby Vee が「Where Is She?」のタイトルで競作しており、そちらも堪えられない一品となっています。



mail to : rentaro_ohtaki@yahoo.co.jp